頑張る人の物語

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第7回 『 アフガニスタンにサッカーを

 打ち上げの席で、藤野の前に座った男、その人が長倉洋海だった。最初は表情が硬く、口少なげで自分からは何も話そうとしなかった。藤野は自分が長倉の事を多くの人に知ってもらいたいこと、そして講演会を開催していきたいことを話した。

 最初は長倉はあまり反応をしなかった。しかし、藤野が「あの子供たちサッカーボールを蹴っている写真、みて嬉しかったです」というと、「あ、そう」少し嬉しげに長倉は反応した。

 その後、藤野の記憶に残る会話はなされていない。ただ、長倉が途中で帰る事になった際に黒岩さんが気を利かせてくれて「連絡先を教えあっておいたら?」と言ってくれ、藤野は長倉の名刺を受け取った。

 和紙に筆で書いた手書きの名刺だった。表には力強い字で名前だけ。裏に住所と電話・FAXが記載されていた。

 「企画考えたら連絡をして下さい」去り際に長倉が藤野に言った。嬉しかった。

 少しして、藤野達も帰ろうとした時に黒岩さんが 1 枚のコラム記事を見せてくれた。それは、西村幸祐というサッカージャーナリストが書いたコラムだった。

 『東京でアフガニスタン復興会議が開かれているが、日本から直接の支援として何も出ていない。W杯を通しての支援をしてはどうか。(中略)W杯を現地でみられないのであれば、現地にパラボナアンテナを送ってはどうか(以下略)』

 というようなものだった。

 これは、西村が 2002 クラブというオンラインサイトに記事として書いたものだった。北海道新聞に長倉の事が紹介されると興味を持った西村が講演会を開催している黒岩さんにFAXで送ったものだ。黒岩さんは長倉にこのFAXを渡し忘れていたのだ。

 「これはいいアイディアだ!!」

 記事を読んだ際に子供たちの喜んだ顔、ワーワーと観戦している姿が浮かんできた。その場で黒岩さんに藤野は宣言した。

 

「僕、これ実現させますよ」

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