頑張る人の物語

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第11回 『 課題を克服する

  しかし、現実は何も進まなかった。活動資金も集まらないし、何をするかもまだ固まっていない。募金などを行っても全然集まらない。そのような中、 1 ヶ月程してある事に気づいた。

 「自分達って信用性が無い。あやしいぞ」

 いい事をやっているという思いはあっても、やはり実績も無ければ学生という身分でもある。そもそも何をやるかもまだ固まっていない。信用が無くて当然だ。

 「まずは世間の信用を買う必要がある」

 藤野は考えた。その時、丁度知人よりサッカーJ2の横浜FCのサポーターを紹介してもらうことになった。彼らは横浜フリューゲルスが解散する際に復興のために募金などをして実際にチームを復興へ導いた。

 その際のノウハウを教えてもらおうと思ったのだ。サポーターの人達から募金やビラ巻きの方法について教わった。ある意味“方法”なんて無いのかもしれない。しかし、これが一つの自信にも繋がってか、藤野達は募金やビラ巻きを本格的に始めた。

 募金の効果は無かった。実際に募金というものはやってみると分かるが予想以上に効果が無い。僕も募金をした経験がある。賽銭箱の感覚なのか、 5 円や 10 円を入れてくる人があまりに多く、千円以上いれる人はほとんどいない。 4 時間位やっても 2000 円も集まらなかった記憶が強く残っている。 

しかし、ビラ巻きなどもあり活動が注目された。産経新聞にも大きくアフガンプロジェクトの事が掲載されたのだ。この記事を境に、他のマスコミもアフガンプロジェクトに問合せをしてきた。フジテレビやNHKなどでも少しづつ取材を行うようになった。

 少しは信用が出たのか、ビラをとって連絡をしてきてくれる人も出始めた。

 丁度、この時に活動内容も固めていった。最初の内はパラボナアンテナを届けるという目的しかなかったが、その他にサッカーボールを 2002 個世界各地に届けよう(アフガニスタンへは 600 個)という事も決めた。また、多少後にはなるが、現地でサッカー大会も開催していこうという事も決まった。

 ある程度、物事が順調に進み始めた。新聞を読んで口座振込みで寄付をしてくれる人も現われ始めた。サッカーボールも集まり始めた。多くの人が応援してくれはじめたのだ。

 だが、一つ大きな課題が藤野達の前に立ちはだかった。それは放映権の問題だった。周知のようにサッカーW杯は放映権が堅く守られている。無断で放映とかをしてはいけない決まりになっているのだ。アフガニスタン現地でW杯を放映する事、これが放映権の問題にひっかかるかもしれない、このような指摘を受けたのだ。

 今までは何が課題かが分かっていなかった。物事が順調に進み始めてきて、それぞれで課題は表面化はしてきた。しかし、今回表面化した課題はあまりに大きく、かつあまりに本質的なものだった。

 自分達で考えても仕方が無いという事でマスコミ関係、サッカー関係の知人に聞いてはみたが、この事に精通している人はいなかった。事によっては活動内容を大幅に変更しなくてはいけないかもしれないのだ。藤野達は焦った。

 そんなある日、ある専門家より問題が無い事を告げられた。営利目的でパラボナアンテナをたてて課金するのは放映権の問題に触れるが、非営利でパラボナをたてるだけなら問題が無い。ましてやアフガニスタンという事であれば関係が無いということだった。

 藤野は喜んだ。また、この放映権の問題もあってしばらくTV局はアフガンプロジェクトの紹介を取りやめていた。何かW杯関係でトラブルを起すといけないと考えたようだった。しかし、この問題が解決された事を知ると、再び多くのTV番組でアフガンプロジェクトの事、藤野の事が紹介されはじめ、ますます支援金・ボールは集まってきた。

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