頑張る人の物語

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第17回 『 アフガニスタンへの道

 出発の日は決まった。 6 月 11 日だ。この日は藤野の誕生日だった。元々、パキスタンからアフガニスタンに入ろうとしていたが、パキスタン情勢が緊張したためにこのルートが直前になった使えなくなった。

 出発間際になり、デュバイからアフガニスタンへの直行便が出ている事が分かり、とりあえずデュバイまでのチケットを確保して日本を離れた。デュバイからアフガニスタンへのチケットは持っていない。本当に行けるのかさえも分からない。ただ、道は限られていたので藤野達はこの選択肢にかけることにした。

 アフガニスタンへ向かったのはアフガンプロジェクトの中で藤野良太、鈴木基芳、買手屋有一、湯川伸矢の 4 人だった。後から遅れてパラボナアンテナ設置のために 中村三昌 も加わったが、この 4 人がまずは現地へ向かった。 4 人はデュバイに着くと、アフガニスタンへのチケットを探した。聞き込みを重ねる内にシャルジャー空港にあるかもしれないという事を聞いた。

湿気と熱気が凄かった。シャルジャーで聞き込みを続けると、ある人が「あそこの施設でチケットを売っている」とはるか遠くを指差しながら教えてくれた。歩いていくと 30 分位以上かかりそうな道の先に小さく建物が見えた。

外は暑い。藤野達4人はジャンケンをして負けた二人が施設に行く事になった。ジャンケンの結果、藤野と鈴木が負けた暑い中、ゆっくりと遠くに見える施設へと歩いていった。

アフガニスタンへの飛行機チケットはそこにあった。急いで帰って他の二人に知らせ、また 4 人でその施設に向かった。今度は嬉しさがこみ上げてきて、誰が早く着けるか競争しながら施設へと向かった。 5 日後のフライトとのことだった。

5 日間、シャルシャーにて滞在をした後で藤野達は空港に向かった。空港でチケットを見せると、係員が

 “Stop!”

 と言い、藤野達を制した。

アフガニスタンは危険だから、藤野達を入れる訳には行かないというのだ。藤野達は通してくれと頼んだが、係員はダメだと首を横に振った。

ここで諦めては今までの努力が全て無に帰ってしまう。藤野達は自分達の思い、活動内容を必死になって係員に説明した。また、今までアフガンプロジェクトが紹介された海外の記事もみせながら話をした。 30 分が過ぎた。

係員は

“ Take care ”

そう小さく言い、藤野達を通してくれた。アフガニスタンへの道が開けたのだ。

4 人は待合所で便が出るのを待っていた。同じ待合所にはアフガニスタンの人と思われる青年が一人座っていた。 15 分位すると空港の案内係が呼びに来た。車で少しすると、目の前にとても空を飛べるとは思えない飛行機が見えてきた。どうやらこれがアフガニスタンへ藤野達を連れていく飛行機のようだった。

飛行機の中に入ると、機内は人だらけだった。既に皆は入っていたのである。どうやら皆アフガニスタンの人達であるようだった。藤野達を見ると、ある青年が『ジャポネ!』と叫んだ。その瞬間、機内中の皆が歓声をあげ、口笛を鳴らし、拍手が起こった。みんな、日本人の事が好きなようであり、憧れていたようだ。

藤野達の席は一番前であった。席に行く途中、皆が手を合わせたがった。パンパンっと機内にいるアフガニスタンの人達と手を叩き合いながら藤野達は席へと向かった。

予想を裏切り、飛行機は空を無事に飛んでいた。 30 分後、アラブ海を越えると窓から見える景色が変わった。窓の下にはアフガニスタンがあったのだ。藤野の心は躍った。

写真にみてきたアフガニスタンの光景が今、目の前にある。マスードが生きていた場所、アメリカ軍が戦っていた場所、今までの苦労も含めて様々なものが藤野の頭をよぎった。

「ここで半分、あと半分がんばろう!!」

藤野はそう考えていた。

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