頑張る人の物語

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第21回 『 ピースカップ開催

  サッカー大会の方も順調だった。どうやらアフガニスタン初のトーナメント大会だったようだ。

鈴木が事前に現地入りした際に共同通信の安井に提案された。「サッカー大会もやったらどうか」と。鈴木はそれを『ピースカップ』と名づけ、開催する事とした。

現地のクラブチームは 14 チームある。平日は仕事をし、土日に練習をするそうだ。藤野達が現地入りする日に決勝戦をということで、予選は既に開催されていた。 6 月 19 日、ピースカップの決勝戦が以前は処刑場となっていたオリンピックスタジアムで開催された。

5000 人位が観戦にきていた。決勝戦はジャワナラマイハーンとカブールクラブの試合だった。結果はカブールクラブが1-0での勝利だった。会場は盛り上がり、優勝チームにトロフィーが贈られた。

折角だから子供たちにも大会を開こうというアイディアはすぐに思いついた。普段、オリンピックスタジアムは軍人が見張っていて子供は入れない。これを開放してあげるだけでも価値はあった。

翌 20 日、子供のためのサッカー大会が開催された。藤野がボールを届けつつ、この大会の告知をしていた。当日は男女あわせて 600 人位が駆けつけた。



ラジーという男の子がいる。 4 歳で父親は軍人をやっている。父が軍人なので特別にオリンピックスタジアムに彼は入ることができた。藤野達がピースカップ決勝の前に練習をしていると興味を持ってみつめてきた。一緒にやろうと誘うと、喜んで参加してきた。

それから毎日、ラジーはスタジアムで藤野達と遊んだ。サッカーが大好きとのことだ。非常に愛らしい。藤野はこの子に伊藤由江のボールを渡す事にした。後ろでは軍人が藤野とラジーが遊ぶ様子をみて楽しそうに笑っていた。

話はそれるが、鈴木が 4 月にアフガニスタン入りをした際に現地の子供たちに「W杯をみたことはあるか?」と尋ねたら、彼らは「あるよ」と答えた。意外に思い、聞いてみるとアメリカ軍がカブールを解放した際に地元チームと米軍チームとでの試合をしたとのことだ。

この事を子供たちはW杯と思っていたようであり、それを聞いた時藤野は何も知らないんだなと笑ってしまった。しかし、実際に現地の子供たちがサッカーを楽しんでいる様子をみて、この事を反省した。

W杯は一つではないのではないか。W杯自体に価値があるのではなく、それをみて喜ぶ事に価値がある。一人一人にそれぞれのW杯があり、アフガニスタンの子供たちが他国の選手とのサッカーの試合をみて、それをW杯と思うのであればそれはそれでいいのではないか。サッカーを通じて世界を感じられる。それだけでいいのではないか。そう考えたのだ。

いずれにせよ、スタジアムは熱気に包まれた。皆が我先にとプレーをしたがった。みな、ボールを蹴りたくてしょうがないのだ。グラウンドを駆け回りたくてしょうがないのだ。女の子達も楽しそうにスタジアムを駆け回っていた。会場は大混乱となったが、それでも皆が楽しそうだった。

藤野達は予定していた活動を全て達成した。来る前は不安でもあった。本当に出来るのか、出来たとしても本当に喜んでもらえるのか。結果は明らかだった。目の前の笑顔、耳に入ってくる歓声。アフガンプロジェクトは大成功だった。

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