頑張る人の物語

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第2回 『 中野信治の悩み

 ある日、知人より

 「中野信治を紹介したい」

 という連絡を貰った。僕が仲良くさせて頂いている方で世界中の著名なスポーツ選手のマネジメントやメディア展開などをしている人がいる。その人のことを以前話していたのを思い出してか、僕に連絡をくれたようだ。

 それまでモータースポーツとの接点は無く、中野信治という人も知らなかった。知人より伝えられる成績や人物評は極めて高いものだった。そして、僕が会った中野信治その人はまさに今までの彼の実績や努力が伝わってくる素晴らしい人物だった。

 2002年末、中野は様々な経緯で結果的にシートを失うことになってしまった。中野が戦う世界のトップカテゴリーでは、そのシートを巡り常に熾烈な戦いが繰り広げられている。そのシリーズが世界の頂点であればある程、シートの数は当然少ない。レーシングドライバーにとっての戦いはサーキットの中だけではない。サーキットの外でも過酷な戦いが繰り広げられているのだ。

 モータースポーツというのは特殊なスポーツだ。スポーツというにはあまりにもお金がかかる代物だけに、モータースポーツビジネスという考え方をする方がしっくりくるかもしれない。トップカテゴリーで年間を通して戦うには1台につき6億円~8億円近くの費用がかかる一方、賞金もまた桁外れだ。動くお金が巨額なだけに、そこには様々な種類の人間が群がってくる。それらの人々のそれぞれの思惑がからみあい、ドライバーが選定される。

 実力があればシートが与えられるというような簡単な世界ではないのがモータースポーツの世界だ。しかも驚くべきことに、実際僕があるレース関係者から聞いた話では、シートを失った中野がスポンサー探しやメディア露出をしようとする際にも、それを妨害する様々な圧力がかけられているという。

 中野にとってレースは人生の全てだった。そして、このレースを彼から奪おうとすることは彼の人生を全て否定することと同じだった。中野の人生、それはまさしくレースに生きる人生であり、事実、中野信治という人間はレースを通じて作り上げられてきた。

 普段、サーキット場の上では中野は0.1秒でも速く前へ走ることを目指している。しかし、ここはサーキット場ではない。少し中野の人生を逆走し、彼の人生を振り返ってみたい。

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