頑張る人の物語

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第3回 『 モータースポーツとの出会い

 中野が本格的にレースを始めたのは11歳の頃だった。しかし、サーキット場にはその大分前から中野信治の姿があった。

 

 中野の父、常治はレーシングドライバーだった。二十歳過ぎの時にたまたまレース関係の雑誌を見た常治はすぐにレースの魅力に取り込まれた。モータースポーツにはマシン代やエンジン代など多くの費用がかかる。常治は内装工事をしながら、資金をためてレースへと参戦をしていた。そのような父に付き従って、中野信治は子供の頃からよくサーキット場へ行っていた。

 

 しかし、子供の頃から中野信治がレーシングドライバーになりたかった訳ではなかった。もちろん、サーキット場に行ってはレースが面白そうだとは思っていたし、父の背中を見てはかっこいいなとは思っていた。だが、それはあくまで見る対象であり自分が参加するものにはならなかった。

 子供時代の中野にトップのレーシングドライバーとして、また、トップアスリートとしての可能性があったかは分からないが、一つだけトップアスリートに欠かせない要素を持っていたことは事実だった。

  それは、『負けず嫌い』という性格だ。小学校の頃から負けることはだけ嫌いだった。学校の友達に腕相撲で負けると、家でその後毎日腕立て伏せを一日数百回やった。そして、それは負けた相手に勝つまで続けた。かけっこで負けると近所をずっと走り回っていた。そして、追い越された相手を追い越すまでこの練習は続けた。

  誰かに評価されたかったからという訳でもない。親も特に「負けるな」といった訳ではない。ただ、中野自身が負ける自分を認められなかったのだ。

 小学校6年の頃からゴーカートを始めた。父の知人がやったらどうかと薦めてくれたこともあるが、決定的な理由は他にあった。父、常治がレースを辞めることになったのだ。

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