頑張る人の物語

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第8回 『 とにかく動く、だからACT

 当時、僕が商品プロモーションやマーケティング面で一緒に動いていた広告代理店があり、そこにも柴田を紹介した。柴田のような活動であれば、おそらくメディアも多く掲載するだろうから、そこのスポンサーになることは広告効果としても高いと踏んだからだ。

 その広告代理店とは今までもいくつも、イベントやプロジェクトを広告媒体と位置づけてのプロモーション展開などを実施してきた。しかし、ACTの場合は確固たる計画が立っていなかったし、そもそも本当に筋ジストロフィーをもつ石川と三ヵ月もの自転車の旅が成立するのかという所で結局、話としては成立しなかった。

 しかし、柴田はこのような失敗には慣れていた。むしろ、このようなACTの成功を懐疑する意見、考えこそがACTを実現させた要因となったとも言えるのかもしれない。

 「ほんと友達はじめとしてみんなが『ムリだ』『やめとけよ』と言ってきました。日本一周なんて自転車で、しかも徹となんてできるわけないっていうんですよね。でもそんなこと言われれば言われるほど、よし見てろよって(笑)。

  でも思うんですけどね、結局彼らって応援してるからああいうことを言ってくれてるんでしょうね。だって、どうでもいい人はそんなこと言ってきさえもしませんよ。俺だってどうでもいい人に対していちいちムリだなんて言いませんもん。」

 こうした柴田の性格もあってか、徐々にACTにはメンバーが集まってくる。しかし、物事が順調に行かないときに人のモチベーションを維持させるのは極めて大変なことだ。2001年10月位には15人以上がACTのメンバーとして活動をするようになる。実質的にスタートするのが翌年7月なので10ヶ月近くも期間がある。この間、メンバーそして柴田自身がモチベーションを保っていくのは予想以上に大変だった。

 「先が見えないし、協賛金も集まらないし、実際自分自身もモチベーションが下がりましたよ。でもそんなときはとにかく“人に言いまくる”。『俺、今度日本一周するんだ~』『徹って奴がいて、筋ジストロフィーなんだけど全然一緒なんだぜ』みたいに。こうやって自分自身をあとに引けないようにしちゃえば、もうやるしかないってなりますよね(笑)」

 ACTのメンバーは柴田はじめみんな明るい。そして、思ったことはすぐ行動に移す。それこそがACT(行動する)という名の由縁であり、最高の武器だった。

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