頑張る人の物語

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第5回 『 アルゼンチンでの生活

 こうして子供に厳しく接した父は息子を様々な国へも連れていった。3歳から7歳の間、父親の出張の関係で船橋はアルゼンチンに住むことになった。周りに日本人はいたが、父はなるべく現地の人たちと接するよう船橋に求めた。

当時、中国の人と間違われて「チナ、チナ」と現地の人たちにからかわれる日が続いた。しかし、そんな船橋はすぐに現地でたくましく馴染んでいった。

 船橋は野球が得意だった。最初はからかっていた現地の人たちも船橋が野球が上手いことが分かると船橋をチームに誘うようになった。

アルゼンチンの人達は一つでも何か長所があるとそれを認めた。最初、彼らは船橋のことを知らなかった。日本のことを知らなかった。しかし、一度その良い所を知るとそれを認め、その個性を尊重した。こういう環境が船橋は気に入った。

 こうして、現地での生活にすっかり馴染んでいたある日、一つの事件が起きた。
―――家に爆弾がしかけられたのだ。

アルゼンチンの治安は当時悪かったこともあり、それまではガードマンを雇っていた。しかし、そのガードマンとの契約を解除した翌日に一家は狙われた。

ガラスが家中散乱し、風呂場から流れ出た水で床は水浸しになった。幸い家族に怪我は無かったが、子供の船橋に与えた精神的影響は大きかった。後から聞いた話では、ガードマンが契約解除の腹いせにテロリスト達と組んでやったという説もあった。この事件を通じて船橋はまた様々な考えがこの世にはあるということを知った。

 このような事件があったので、さすがの父親も家族に日本に帰るよう言った。丁度、現地で小学校に通い始めて2,3週間経っていたが、船橋は日本に帰り日本の小学校へと通うことになった。

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