頑張る人の物語

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第7回 『 様々な価値観に囲まれて

 第1志望の高校に別れを告げ、船橋が通うことになった高校は高校受験の際に『滑り止め』としても想定していなかったブラジルの現地学校だった。幼少時代にアルゼンチンに住んでいたとはいえ、その時はスペイン語であったし当時のことはすっかり忘れていた。語学にも不安があったし、環境の変化にも不安があった。

 実際にブラジルの現地学校では英語が出来ないからといって妥協は一切なかった。英語で他の生徒には既知であるアメリカ史などをやられた日には参ってしまっていた。船橋は生まれて初めてノイローゼにかかりそうになっていた。しかし、そんな船橋をスポーツが救った。

 野球が上手いこと、これが周りに船橋を認めさせた。これは、アルゼンチンでも起きたことだった。何か一つでも才能があると、そこを認める文化。それがブラジルにもあった。野球を通じて船橋は周りから支持を集め、日本語が学校全体でブームになることもあった。

 “ kanji is cool !! (漢字っていかすな) “

 船橋だけでなく、この学校に通う日本人全体の株が上がった瞬間だった。

 この現地学校には実に様々な国から学生が集まっていた。1学年300人いる中で40カ国以上の生徒が参加していた。アメリカ人が40%、ブラジル人が35%、そして残りの25%を他の国の人達が占めていた。

 様々な価値観がそこにはあった。地元からすると高い学費なのでブラジル人で通学しているのはよっぽど裕福な家庭の子供だった。誕生日に馬を買ってもらったり、ヘリコプターで送り迎えをしてもらったりする友達もいれば、飛び級をしてくる天才少年も同じクラスにいた。

 様々な個性がそこにはあり、一つでも長所があればそれが認められた。皆が違うことを当たり前と思っており、差異を受け入れていた。こうした環境の中で船橋は育っていった。

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