頑張る人の物語

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第12回 『 世界放浪の旅

  副主将であること、それは何の関係もなかった。他の部員は船橋の意見を聞かなくなっていった。それがグラウンドの上でというならまだ分かる。しかし、それは私生活の面においても共通したことだった。

 副主将であるのにも関わらず、その後船橋は部活での発言権が与えられなくなっていった。今まで封建的体制を崩そうとしてきた船橋に主将をはじめとする幹部が対立をしてきた。

 「下級性に厳しくすると、部全体のモチベーションが下がるだろ?」

 船橋がこのように言っても、

 「それってどうやって測るわけ?」
  「ただのお前の思い込みなんじゃないの?証明してみろよ」

 厳しい意見が向けられた。自分自身が当たり前と思っていたことに答えることができなかった。そして、さらに船橋を悲しませたことに、今までずっと船橋に従ってきた同期40人のほとんどが相手側に回った。

 「人はほとんどが自分の意見を持っていない」

そう船橋は思った。しかし、それは自分としても同じことだったのかもしれない。船橋も自分が確立していなかった。親の影響をいつしか受けて育ってしまった自分。そこに悩まされていた。相手を説得し切れなかったこと。それも自分に自信が無かったからだろう。

 部活のような組織は家族のようなものだ。親の喧嘩は子供に伝わる。4年生の喧嘩もすぐに下級生に伝わる。シーズン中に部の雰囲気を下げることはしてはいけないと判断した船橋は相手にこの場は譲ることにした。

 『この場は譲る』という表現で言うと美しいが、負けだった。

相手に対して負けたことが悔しかったのではない。自分の弱さに悔しさがこみ上げてきた。本を読むだけではどうすればいいのかが分からなかった。

船橋は思った。もっと、多くの考え方を知りたい。価値観を知りたい。世界を知りたい。そうすれば何か答えが見つかるのではないか。そう考えていた。

 幸いにして機会はあった。姉がフィリピンのNGOでボランティアをしていたのだ。そうした姉と共に数人で船橋は世界1周の旅に出た。ブラジルでもスラムを見て回った船橋であったが、この世界1周ではもっと様々な地域を見て回った。

 飢餓に苦しむ子供達と交流をしたり、アフリカの奥地にも行った。様々な人と出会い、様々な考え方を知った。そして、この旅を通じて船橋はあることを確信した。

それは、『日本の常識は世界の常識ではないこと』。本当に様々な価値観が世の中にあることを船橋は感じた。そして、このような事を知らないで一つの価値観・常識で物事を見ようとする日本人の意識改革をしていきたい。そう強く思うようになった。

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