頑張る人の物語

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第13回 『 社会人としての経験

 こうした船橋が伊藤忠商事に入社したことは偶然ではなかったのかもしれない。伊藤忠のような大手商社であれば、様々な国を見て回ることができる。

就職が決まるのは4年の春なので、まだ船橋は一人の迷える大学生に過ぎないときだった。しかし、世界1周をしてやはり日本だけでなくもっと他の国に関わる仕事をしていきたいと思い、特に社会貢献のためのインフラ整備をしたいと考えていた船橋にとって、伊藤忠のインフラプロジェクトチームに配属されたことは渡りに船だった。

そして、入社後の初仕事は偶然にも世界1周のスタートとなったフィリピンのゼブ島空港の建築プロジェクトだった。

 最初はやりがいがあった。巨大な金額が動くプロジェクトに自ら関わることができ、実際に発展途上国のインフラを整備していくことで、自分にとって様々な価値観を与えてくれた途上国に対して貢献ができているという思いがあった。しかし、すぐにそのやりがいも弱くなっていった。

 商社は途上国を救いたいと思って仕事をしている訳ではなかった。上司や同世代の社員との話が合わないことがあった。

 「もっと地元の人達のためになることができればいいですよね。」

 と船橋が言っても、
 
  「そんなこと考えているならもっと働け!」
  「なあ、船橋。俺たちはボランティアではないだろ?」

 細かい所が一つ一つ気になるようになった。日本で10億円で仕入れた商材が現地政府にその数倍の値段で売却されていることもあった。こうしたことに疑問を覚え、そして自らがそうした環境に身を流され、染まってしまうのが嫌だった。

会社の中で船橋が求められることと自分の思いが噛みあわず、葛藤の中に一人苦しんだ。そして、そうした葛藤を続けていると生産性が落ち、上司にそれを指摘される自分も情けなくて嫌だった。

 入社後、1年半して船橋は開き直った。

 「少し位、流れされてみるのもいいか」

 仕事で分からないことがあれば、積極的に先輩に質問するようになり、残業も人一倍するようになった。また、徐々に大きな仕事を任されるようになり自らが作成したレポートが上司を経由してインドネシアの大統領にそのまま読まれるような経験までできるようになった。

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