頑張る人の物語

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第16回 『 LPCの設立

 船橋はまずこのトレーディングゲームにて浮き彫りになった自らの課題を解決するように普段の仕事の中で努力をしてみた。実際に自らの強み・弱みが明らかになると通常の仕事もより効率的に出来るようになった。

船橋はこのゲームについてさらに詳しく知ろうと思った。月1回、余語の所でトレーディングゲームを開催し、船橋はそのファシリテーターを努めた。ゲームの説明をしていく過程で、このゲームのポイントを理解するようになっていった。

 自分が会社の業務に埋もれていくことに焦りを覚えていた他の仲間とも話し合った。今までは2週間に1回、飲みながら打合せをしていたが何も進まなかった。しかし、船橋がトレーディングゲームの事を話すと仲間はそれに興味を示した。

 『意識改革』を目的とし、『真面目さと楽しさの壁を取り払い』『広がる組織』を目指していた彼らにはトレーディングゲームは絶好のコンテンツだった。船橋達は96年12月に団体名をLPCとし、メンバーにより多くの価値観・視野を身につけていけるようなイベントを開催していく団体を立ち上げた。

 この団体の運営に関して、船橋達は一切焦らなかった。普段、政治や環境そして社会のことに興味が無い人達にそうした方面への興味も持ってもらいたかった。でも、真面目な勉強会をやりますといっても人は来ない。トレーディングゲームをやりますといっても恐らく来ないだろう。敷居は低く。まずは多くの人が気楽に参加できるように。そう考えた船橋達はまずはスキーツアーを組んだ。

 LPCは月1回のペースでイベントを開催していった。スキーツアー、トレーディングゲーム、スキーツアー、花見、トレーディングゲーム、ダンスパーティ、トレーディングゲーム、海水浴、トレーディングゲーム・・・

 このように、遊び要素を入れたイベントとトレーディングゲームを代わる代わる開催していった。そして、遊びイベントに参加した人達を次のトレーディングゲームに誘い、遊びイベントには参加しない真面目な人はトレーディングゲームにだけ誘ってその次のイベントに誘った。

 真面目な勉強会などは最初の1年間は一切しないことに決めていた。そういう色を出してしまうと、船橋達が変えたいと思っている人達は参加しなくなる。1年後に開催した“社会的イベント”というのもフリーマーケットであり、収益金をNPOに寄付していくという程度のものだった。

 この発想は当たった。

LPCは3年間で3000人ものネットワーク型組織になった。そして、最初は遊びにしか興味が無かった人もトレーディングゲームを通じて、そして船橋達が2年目から開催していった政治や社会の勉強に参加するようになり、視野を広げていった。

 船橋はこのLPCを通じて考えるようになった。日本人は優秀でエネルギーがある人ほど社会に対する意識は低いのではないか。彼らを変えることができれば、社会は変わる。そして、さらにもっと前からこの意識を変えていくことができればより社会は変わる。基礎が形成される小・中学校時代にこのトレーディングゲームを導入することができれば、本当に日本は変わるのではないか。

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