頑張る人の物語

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第20回 『 ウィル・シードの設立

 1999年11月から2000年3月までは会社設立の準備にあてた。やるべきことは2つあった。『誰とやるのか』ということと『会社名』を決めることだった。前者の悩みについて、船橋はある意味幸せだった。船橋には3000人の仲間がいた。その中に自らのパートナーとしての可能性を持つ人物はたくさんいた。

 船橋はパートナーを考える際にこだわりをもっていた。

 「世の中を変えるのは楽しさと理念だよな。理念については結構持っている仲間はたくさんいるけど、“楽しさ”という要素を正しく理解している仲間はそこまでいないな・・・」

 理念に共感してくれる人とはある意味偏った人達だ。そして、そういう人達だけで集まると、より多くの人と交流ができなくなってしまう。一方、人は楽しい事には誰しもが共通して参画してくれる。そして、この楽しさの重要性を理解している人が船橋がパートナーとして求めた人だった。

 一人、頭に思い浮かんだ男がいた。まだ何回かしか会ったことは無い。たまたま友達に紹介された谷口正俊という男だ。自分より優秀かどうかは分からない。だが、ブレーンとして動いてくれる人は後からでも何とでもなる。

今自分に大事なのは一緒に時間を共有してくれる仲間であり、一緒に苦しんでくれる仲間だった。そして、その仲間は楽しさという要素を持っている必要があった。

考えれば考える程、谷口以外に思い浮かばなくなった。谷口自身も船橋の思いに共感はしており、事業計画としてよりもトレーディングゲームそして船橋の発想に“楽しさ”を感じていた。お互い、迷う要因が無かった。すぐに二人は共に会社を起こすことを約束した。

 次は会社名だ。しかし、こちらもすぐに決まった。船橋と谷口がやりたかったこと。それは『意識改革』だった。様々な価値観、視点があることを気づいてもらうことだった。また自らの役割も全てを変えるのではなく、まずは流れを作ることであり、きっかけとなる種を蒔くことだった。

 『一人一人の心に意志(WILL)が芽生え、皆が自分らしく生きていけるより良い世の中の実現のために、“きっかけ”“気づき”そして“感動”の種(SEED)を蒔いていきたい』そういう意味をこめて、WILLSEED(ウィル・シード)という企業名はすぐに決まった

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